下記に11月第1週から3週の冨里教会礼拝説教の録音と説教原稿を載せました。
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(11月16日説教)
(11月9日説教)
(11月2日説教)
本日の聖書箇所はヨハネの手紙のⅠです。恐らくこの書の著者はヨハネ福音書の著者と同一の人物と考えられている書物です。書名は手紙とされておりますが、形式的に言うとこれは手紙と言えないものです。差出人と受取人を示すための挨拶がなくて、結びの挨拶も書かれていません。また、文学作品であるとも言えない為に、論文に近い形の手紙と言うのが的確だろうと思われます。内容的にはヨハネによる福音書とは思想的に一致するものです。異なっている点は、2つの書物に於ける視点が違うだけだと言われています。つまり、ヨハネ福音書の場合は、肉となった神の子の地上における生活を書き記しているのですが、ヨハネの手紙では神の子の生活の歴史を語られているという点が異なっております。このような傾向に従って、今日の箇所である1章の初めに記されている内容は、ヨハネによる福音書の1章が意識されているようです。そんな箇所と言える新約聖書の163ページの聖句を読んでおきたいと思います。
まず第1の箇所、(ヨハネ1:1~4)。続いて1章14節、(ヨハネ1:14)
ヨハネによる福音書1 章1~4節と、1章14節の2か所を読みましたが、この双方共にキリストの受肉物語と言われる箇所です。イエス・ キリストは言葉、命、光であって、その言葉が肉となって私たちの間に宿られたと、ここに記されております。これに続いて、受肉されたイエス・キリストの本質は、言葉、命、光であるとヨハネ福音書は伝えます。ヨハネ福音書のメッセージと同様にヨハネの手紙の場合も、1章1節で「命の言」、続く5節の「神は光」という言葉を用いてその命の言が、「初めからあったもの、わたしたちが聞いたもの、目で見たもの、よく見て、手で触れたもの」であると書かれています。神と共におられた命であるお方が、わたしたちが見聞きでき、触ることのできる方として、すなわち、わたしたちと同じ肉体を取ってくださったことを、この書は最初に伝えています。
旧約聖書も新約聖書も、その内容が神さまを証しする書であることは一致しています。しかし、旧約がヤハウェの神(エホバの神)を証しするのに対して、新約聖書が証しするのはイエス・キリストの神であります。新約聖書は、神が受肉されたことの奇跡を語るのであります。「たら・れば」は真理を語るのに適切な文章ではありませんが、「もしイエス様が地上に来られなかったならば」、ということを考えれば、神は光とはならなかった、神すなわち言葉(ギリシア語:ロゴス)は肉にはならなかったことになります。神=光。これはヨハネの手紙全体を貫いている思想です。神の本質を視覚化したもの、つまり私たちが神をイメージできるように示したものと言えます。すべての善き物の象徴であって、とりわけ道徳的純潔の象徴であることを表わすものだと言えるでしょう。
神のご本質がこのようなものであることを明確にした後に、この聖書は続いて、キリスト者の生活というものが、どのようにあるべきであるかを語ります。第6節からの言葉です。ここでは、「もし私たちが、何々だと言うなら」という言葉が3回繰り返されています。この中で重要なのは、<<神との交わりを持っていると言いながら、闇の中を歩むなら、それは嘘を付いているのであり、真理を行っていません>>という言葉です。それというのは、ヨハネの教会に異端の教えが起こってきていることを指摘するものと言えます。
ここに示されているように、教会を分裂させようとする異端の教師がこの時代にいて、教会メンバーにギリシア語では「グノーシス」と呼ばれた思想を教えようとしました。グノーシスとは、<<神に対する知識>>と訳される言葉でして、「明と暗」、「善と悪」、「真理と偽り」と言った二元論を基軸とする考え方です。初期キリスト教信仰においては、様々な思想との戦いを強いられた歴史がありますが、このグノーシス思想が最も強力な異端思想でした。その教えによって、ヨハネの教会も苦しめられたのです。この思想の特徴を簡単に言うならば、彼らが神の子、キリスト・イエスの受肉を認めなかったため、十字架による罪の贖いをも認めなかった、ということになるかと思います。このようなキリスト論の事を仮現論(ドケティズム)と呼んでおりますが、この思想により彼らはキリストと人間イエスを別個のものとして区別しました。ですから、彼らは、キリスト教の教えの基本たる贖罪による罪の赦しを認めず、本質的に自分たちに罪がない事を主張したのであります。このような考えに対して、9節から著者は語ります。
正しい福音理解とは、人間が罪あるものであることを認め、自分がその一人である事を公に言い表す悔い改めを求めます。罪とは、神の存在を否定し、神の意志に背くことであり、人と人との関係において相手を傷つけることであります。もし、罪を犯したことがないと言うならば、それは神がウソを付く方であるとすることです。神は、そのような人に対しては、知識を与え、命をもたらす神の力を与えることは出来ないと言うのです。私たちは自分自身の罪を自覚できないとき、自分は絶対に正しいと思いから逃れられません。
ここで少し話が逸れてしまいますが、以前にも触れた長門教会の出来事に言及させて頂きたく思います。長門勤務の2年目でありましたが、北海道の旭川にある三浦綾子文学館のスタッフの森下辰衛という先生が、旭川から遠く離れた山口県の長門までおいで頂いたことがありました。市内に宿泊された翌日の主日礼拝に出席して下さり、午後から講演をして頂いたことが思い出されます。この森下先生という方は、九州の福岡市にある福岡女子大学の教員として長く務めた方なのですが、長門にほど近い山口市内にある山口大学の卒業生という深い縁があったことから、九州への旅の途中での長門教会訪問という事が実現したものです。私が敬愛して止まないキリスト者作家の三浦綾子さんは、多くのご自身の著作の中でかつて自分が、逃れ得ない罪の中にあったことを告白していますが、この日の講演で森下先生は、三浦綾子さんに関するそのような人生を懇切丁寧に話して下さいました。その内容を簡単にお話しすると、次のようなことになります。
戦前、小学校の教師であった綾子(旧姓:堀田綾子)さんは、日本の敗戦という出来事を通じて、それまでの自分がどんなにか間違った教育をしていたかを知りました。教壇を去った彼女は、自殺未遂、複数の男性との同時婚約という、自暴自棄ともいえる状況に陥ったと言います。結納を交わすその日に、不治の病とされた肺結核を発病し、13年間に及ぶ闘病生活を余儀なくされます。療養中の彼女の心を癒したのが幼馴染の前川正という婚約者でした。彼は綾子さんをキリストに導き、自暴自棄の生活から救い出すことになります。前川さんご自身は結核の病で命を落としますが、彼の教えは綾子さんの精神に宿りました。その後、病から癒えた綾子さんは、同じキリスト教を信じる三浦光世という生涯の伴侶と出会います。新聞の懸賞小説の当選という、前代未聞の出来事により文壇にデビューした綾子さんは、三浦氏との二人三脚の作家生活の中から世に多くの作品を送り出し、キリストの愛の教えを通して、多くの彷徨える人々の魂を救い、光を与えたのでした。
談話室に並べた綾子さんの作品によってお分かり頂いている様に、三浦綾子さんによって罪の中に溺れた魂に光を照らされた人々の群れの中の一人が、この私だと言えるかと思います。
神は光。それは今日の聖書ヨハネの手紙Ⅰの全体を貫く思想です。その光に照らされて私たちは自己の罪を知り神の義に生きることが出来るのです。神が光である事を察知するには、光が何であるのかを知る事が要求されます。しかし、それと逆に、光を認識できても、それが何を意味するのかを察知できない人もいます。
もう一つの話題を取り上げさせて下さい。皆さんは、江戸時代の大学者であった塙保己一(ほきのいち)さんという方をご存知かと思います。塙保己一さんは盲目の先生でした。現在の埼玉県児玉市(東関道、本庄児玉インター)に生まれた先生は、3歳に眼病に掛かり、7歳で失明されました。長じて、江戸に出てから針やあんまを身につけようと江戸に出ます。しかし、それは上達しなかったために、その代わりに学問が好きだったことを認めてくれた師匠や回りの人の手助けで学者の道を志します。血のにじむような努力の結果、和学講談所という、今で言えば国学研究所を開き、多くの弟子を育てます。
昔、皆さんも社会科で学んだことと思いますが、この塙先生が刊行された「群書類従」という古典全集は、古今和歌集、新古今和歌集、源氏物語、神宮正統記などの、1270種、530巻、666冊にも及ぶ労作だと聞きました。先生は独力で巨額の費用を工面しながら、40数年の歳月をかけ完成したことが記録に残っています。
水戸光圀が刊行したとされる「大日本史」は、260年の歳月と数千人の協力によってできた大事業でしたが、これに比べて盲目の学者ひとり(もちろん支援者はたくさんいますが)の力による「群書類従」の刊行は、その「大日本史」に劣らぬ大仕事だったと言われます。
そのような保己一先生が、源氏物語の講義をしていた夜、風のため灯かりが消え、弟子たちがあわてて、「先生、ちょっとお待ち下さい」と講義を止めました。事情を知った保己一さんは、「さてさて目明きとは不自由なものであるなー」と言われたそうです。(これはとても楽しい、豊かな冗談と言えるかと思います!)
私のような健常者は、目で物が見えます。しかし、心の目が開かれているのかは疑問です。塙保己一先生は7歳で視力を失いましたが、心の目は益々研ぎ澄まされたのではなかったでしょうか?光を感じることが出来ても、そのことが返って心の目を開く事の邪魔をして、神が光である事を察知できない場合もあるのではないか? 私には、そのように感じてなりません。
本日の説教題とした「光の中を歩む」という行為は、私たちに注がれる聖霊の働きによって心の目が開かれ、神様が示される道を歩むことであると言えるでしょう。自らの罪を悔い改め、隣人に目を向け、愛を示すことだと言えないでしょうか。
ついつい惰性に流されてしまうことが多い、私たちの日々の暮らしですが、もうすぐそこまでに近づいた2025年のクリスマスまでの毎日を「光の中を歩むが如く」豊かな心を持って過ごして参りたく存じます。
来たる2026年を、新たなる希望の内に、限りない感謝を持ってお迎えすることを願いたいと思います。
それでは一言、お祈りを捧げ致しましょう。 アーメン
聖書:ルカによる福音書21章25節~36節
今年のクリスマス・イブ祝会の翌日12月25日にクリスマスのお祝いを迎えます。申すまでもなく主イエスのお誕生日です。クリスマスを英語で書くと「Christmas」ですが、スペルを略しますと ”X’mas” とも書かれます。このXの1文字は<<カイ>>というギリシア文字を使いますが、これは「クリストス」というギリシア語の綴りでの先頭の1文字です。
ギリシア語の「クリストス」は、「油を注がれた者」という意味を持っているヘブル語の言葉で「メシア」という言葉をギリシア語に訳したものです。クリスマスの”mas”は「ミサ」すなわちカトリックで言うところの礼拝のことです。ですから、「クリスマス」という言葉は、「キリストのミサ」つまり「キリストの礼拝」という意味を持っています。
ヘブル語の「メシア」というのは、元々はダビデ王の子孫を待望する言葉でした。ですから、そのメシアであると思われたのがイエス様だった訳です。以前にも申しましたが、イエス・キリストという言葉は、一番短い形式の信仰告白です。その意味は、「イエスは救世主です」という信仰を証しする文章です。クリスチャンだからこそ告白することの出来る言葉であり、イエス・キリストというのは主のお名前ではないということを、改めて確認しておきたいと思います。
今日の説教のタイトルを「神の国は近づいた」と致しましたが、新約聖書の福音書の中でこのように発言したのは、洗礼者ヨハネが最初の人です。ヨハネがこのように語った理由は、「終末の到来に備えて自分の罪を悔い改めなさい」と訴える為でした。
ユダヤの民が神の救いを求めたのは、奴隷であったエジプトからの脱出(出エジプト)、アッシリアの侵攻、バビロン捕囚、ローマの殖民地支配という、相続く苦しみの中から、自分たちを救い出してくれる方が来ること、すなわち救世主の到来を待ち望んだからであります。「救世主はダビデの子孫から生まれる。」これもかつてのダビデ王朝の復興を望むことからでありました。ユダヤの民にとって、この救いの期待は正に現実のことでありました。現代のキリスト者である私たちも、様々な苦しみの中にあった時に、神の救いを求め、キリストの信仰を持たれた方が多くおられるのではないでしょうか。苦しみの中にあったユダヤの民が救世主の到来を待ち望んだのは、「命の叫び」と言って良いものであったと思われます。そのようなユダヤの民が求めた救いと、現代の私たちが求める救いとでは、一体どのような違いがあり、どれほどの切実さの違いがあったのでしょうか?また、私たちはメシアの到来をどのように捉えれば良いのでしょうか? 今日の聖書からは、そんなことを読み取りつつ、共に考えて見たいと思います。
福音書は「天の国」「天国」「神の国」などの言葉で、神様が居られる場所を指し示しますが、これらの言葉は全て同じ事柄を表現したものです。
ユダヤの民はエルサレムが滅亡する時、すなわち終末の時に神の国が来る事を信じました。その時に自分たちが神の救いに預かり、天に引き上げられ、永遠の命に預かる事を信じました。一方、キリスト教の救いは、全てのキリストを信じる人々が、終末にはイエス・キリストと共に復活することであります。復活とは、永遠の命に預かることであります。即ち、キリストの救いとは、永遠の命を与えられることであります。
代々のキリスト者は神の国の到来を待ち望み、今日の聖書21:34が教えるように、いつも目を覚まして、自分たちのこの世での生活を、それに相応しいものへと備えたのでした。かつての日本のキリスト教宣教運動で見られた、禁酒・禁煙の勧めなども、このようなキリスト者として相応しい生活の備えという意味を持つものでありました。
皆さんもまだ記憶に新しいところであると思いますが、西暦2000年の到来に備え、キリスト教の色々な教派、特にキリスト教では異端とされた教派に属する人々が、2000年(ミレーニアム)にキリストが再臨する事を訴え、さかんに自分たちの考えるキリスト教の教義を宣伝し、人々に勧誘した時がありました。しかし、2000年の年が何事もなく過ぎ去り、新しい年が明けてしまうと、あのさわぎは一体何事だったのかと、異端的な教えから離脱するものが多くいたことを知らされました。
このような出来事を思い起こすとき、私たちが信じるキリスト教信仰において、一体「終末」とは何であるのか、「神の国」とは、実際には何を示すものであるのかを、改めて問い直させられるのではないでしょうか。
私は28年前の1997年、クリスマス礼拝に於いて受洗しました。キリスト教会に通い始めてからまだ8ヶ月目のことでした。その当時を振り返るならば、洗礼に与ることの真理を理解していたのかについては、真に疑問だったと言わざるを得ません。当日の信仰告白の場で参照した聖句は、マタイ福音書7章7節の「求めよ、さらば与えられん」でした。この聖句に象徴されるように、生きることに行き詰っていた私が求めたのは神の救いだったということです。その日から13年目のクリスマスが、あと1月の後に今年も巡って参ります。
ユダヤの民は神の国の到来によって、この世の苦しみから逃れることを望みましたが、私自身が求めたものも、生きることに躓き、その苦しみから逃れることでありました。この点において、ユダヤの民が求めた救いも、代々のキリスト者の多くが求めた救いも同じ種類のものであったように思われます。それでは、私が自分自身に与えられた救いというのは一体どんなことと捉えているか? 本日は更に、この事についお伝えしたいと思います。
ヨハネも、主イエスも、この世の終わり・終末を預言しました。その言葉というのは、当時の社会に生きた人々が想定出来るように表現されたものであり、現代に生きる私たちが納得するような、科学的に説明されたものではありません。私たちが普通に世の終わりと言われれば、それは私たちにとって、悩み、惑い、恐れ、不安で絶望するような災いの時です。しかし、終末思想というのは、そのような状況に置かれた時、キリスト者は希望を抱くことができるのだと教えるものであります。信仰を持つ者、持たない者の、終末に関するイメージの違いは、一体どこから来るのか? それは、簡単に言うならば、この世に望みを置く者と、神に望みを置く者との違いだと言えるではないでしょうか。そして、それはまた、イエスを主と崇め、礼拝し、審判者としての終末の日が到来する事を待ち望むかどうかの違いと言えましょう。イエスを主と崇め、迎える準備のない者にとって、終末の到来は嘆きの日です。それに対して、キリスト者にとっては喜びと希望の日であります。しかし、現代のキリスト者である私たちが、初代キリスト者のように、主イエスを迎える準備が出来ているのかははなはだ疑問です。
主イエスは、今日の聖書、ルカ21章36節で、「人の子の前に立つことができるように、いつも目を覚まして祈りなさい」と教えます。この世の誘惑に目を眩まされた者としてではなく、この世の終わりと、主イエスの到来を承知している覚醒した(起きている)者として、目をさまし祈りをたえず献げることを訴えるのであります。
これは人生の終わりである「死」に対しても当てはまる考えであります。人が死へと向かうとき、この世の事柄は全く頼りになるものではありません。つまり、人は死を迎えたとき、その先に何があるのか分からないので不安を覚えるのです。私たちキリスト者は、自分たちが死ぬとき、主なる神に会う事を信じます。そのための備えとして、また世の終わりへの備えと同じこととして、神の国に凱旋するための準備をするのであります。
さて、これまでお話した内容から少し後退しますが、ユダヤ人にとって神の国は到来したのでしょうか? メシアは来たんでしょうか?
シオニズムという言葉があります。この言葉によって示される「シオン」は、エルサレム郊外にある丘でイスラエルと同じ場所を指しています。19世紀終わりから20世紀にかけて叫ばれた「シオンに戻ろう」つまり、エルサレムに国家を建設しようという運動がシオニズムです。これによるイギリスの後押しにより、パレスティナの地に現在のイスラエルという国が建設されました。しかし、その後もパレスティナでの紛争は、終わることなく続いております。
こう考えて参りますと、先ほど発した「神の国の到来」に対する答えはノーです。ユダヤ人にとって、神の国もメシアも未だに来てはいないのです。何故なら、イエスは彼らにとって、モーセやエリアのような預言者の一人ですから、メシヤは来ていないと言えるように思います。シオニズムによって念願の領土を得たユダヤ人たちですが、その事も含め、彼らには神の国の到来は未だ現実のものとなってはいないと言えるでしょう。
これに対して、神の御子イエスへの信仰告白をした私たちキリスト者は、既に主イエスという救世主をいただいています。この暗い世を照らすために、神は、たった一人の御子を地上にお送り下さった事を信じています。2000年の昔にメシアが、この地上に降りたことを信じるものであります。従って、神の国はその時から既に来つつあるのだと考えます。神の国は既に始まっていると考えます。では、終末はいつ来るのか? それは、メシアが再び地上に来る時であります。イエス・キリストが再びこの世に来るとき、神の国は完成し、私たちキリスト者はすべてが神の国に上げられるのです。
私は今週もこの講壇で、キリストの信仰を証ししております。それは何故か? 理由は私自身が、イエス・キリストの救いに与かることができたと考えているからです。生きることに躓き、生きる目的を完全に失っていた私が、神の救いに与り、生きることへの新たなる希望をいただき、来るべき神の国への確信を頂戴した。そのように考える私が、ここにお集まりの皆さんとともに、キリストの救いを分かち合うことを希望するからであります。私が頂いたキリストの救いの確信を、皆さんにお伝えしたい。そのことに尽きます。
それはダマスコに向かう途上のパウロが、突然イエスに出会った体験のような、明白な体験ではないかも知れません。私自身が抱くキリストの救いに対する確信は、パウロの体験に比べればほんの僅かなものと言えるのかも知れません。しかし、細やかであっても他者と共有せずにはいられなくなる。これこそが、救いに対する私の実感と言えます。私はそのように考えます。
ここにお集まりの皆さんも、長い信仰生活の中で、お一人お一人の、キリストの救いに対する確信と希望とを積んで来られたことと考えます。どうぞ、その思いを皆さんと共有しようではありませんか。主の教会に連なるものとして、その喜びをお証しいただき、多くの兄弟姉妹たちと分かち合って行きたいと願うものです。
今年も私たちは主のご降誕を祝います。主イエスがその昔地上に下りた事を祝うのです。神の国はその時に既に始まっており、現在も続いています。いつの日かこの世に終末は来ます。その時にこそ、地上の神の国は完成し、全てのキリストを神の子と信じる者たちが、神の国へと入れられるのであります。近づきつつある神の国を待ち望みつつ、今年も豊かなクリスマスをお祝いしようではありませんか。お祈りいたします。 アーメン
聖書箇所:ルカによる福音書20章27節~40節
旧約聖書、申命記の25章5~10節に「レビラート婚:夫の兄弟(ラテン語)婚」と呼ばれる風習について記されています。この風習は現在でもアラブの一部の部族で行われてるものです。つまり、男子が子どもを残さないで死んだ場合に、その男の父か兄弟が彼の名と嗣業を存続させる為に、その寡婦と結婚すること。これは、少なくとも現在の日本では絶対に許されない、女性は子供を産むために存在すると言ったような、男尊女卑の思想から出た考えではないかと考えます。広い世界で未だにそんな習慣を維持している民族が存在するというのは驚きです。
逆に考えれば、子孫を残すことは人類にとって最も重要な務めであって、すべての生命にとって欠くべからざる掟・原則と言えるように思います。世界の先進国と呼ばれる国々が抱えている最大の問題が、人口減少問題と言われて久しくありませんが、これは家名を残すと言った昔の問題などではなく、あらゆる動物のDNAに組み込まれた地球の未来を暗示する現象のように思えてなりません。今日の箇所で登場するサドカイ派の人々が言いたいのは、そんな遠い将来のことでなくて、イエスの言っている復活などを信じるなら、彼らの掟に反する面倒なことが起きるということです。
先ほどサドカイ派の人々は、モーセ5書を絶対視していたと言いましたが、モ-セ5書には復活の思想というものはありません。ですから、サドカイ派は復活を信じませんでした。これに対し、ファリサイ派は、復活を認めていました。しかし、その復活思想というのは、主イエスの教えとは異なっておりました。今日の箇所から少し前にある聖書の言葉ですが、ルカ17章20節ではファリサイ派の人が、「神の国は何時来るのか?」と主イエスに尋ねています。その答として、イエス様は、神の国は「ここにある」、「そこにある」と言えるものでないと答えています。この意味に於いて、ファリサイ派もサドカイ派も、神の国への受け止めというのは大差のないものであって、イエス様の教えを正しく受けとめていたとは到底言えないものだったのです。サドカイ派に限らずおおよその人々は、この世の枠組み(基準)に依らずに何かを考えたり、表現したりすることはできないと考えている。そう言えるのではないかと思います。
我ら現代のキリスト者たちも、現代の常識を基準として捉えれば「復活はあるのか?」と問われた時、自信を持って「有る」と答えることは、大変困難であると言えるでしょう。更には、「復活は有る」と考えていた者が、このサドカイ派の人の質問のように、レビラート婚を重ねた女性が神の国ではどの夫婦が永遠の夫婦であるのかと問われても、答えに窮する事は無理からぬものと思われます。このような難問に対して主イエスは、34章から36節の答えに依って、彼らに明快な回答を与えておられるのです。次の答えです。
「イエスは言われた。『この世の子らはめとったり嫁いだりするが、次の世に入って死者の中から復活するのにふさわしいとされた人々は、めとることも嫁ぐこともない。この人たちは、もはや死ぬことがない。天使に等しい者であり、復活にあずかる者として、神の子だからである。』」(ルカ20:34-36)
ここでイエス様が教えているのは、復活はあるが復活後のことはこの世のあり方とは全く違うのだ、ということです。復活というのは事実です。その証しとしてイエスは復活されました。私達もキリストと同じように復活することが約束されています。私達はこれを信ずるのです。しかしそうは言っても、復活後にどうなるのかは私たちには分かりません。少なくとも主イエスが言われているように、この世の人が思う復活のあり方とは異なっているのです。復活後どうなるのかは、初代教会においても人々の関心の的だったようです。
コリントの教会においても復活のことが問題になっていたようです。一方の人々の間では復活などないと考えられていたようです。多くのノンクリスチャンたちは言います。
「聖書の教えはとても素晴らしい。それだけならば、納得もできるし、受け入れることができる。でも、イエス・キリストが自分の罪のために十字架にかかったということや、三日目に復活されたなどの話はどうしても信じられない。受け入れられない。」
キリスト教信仰を求める人たちの中で、イエスの十字架、或いはイエス復活のお教えが、信仰に於ける躓きになっていることが多くあるようです。使徒パウロはこのイエス・キリストの十字架と復活の信仰について、コリントの信徒への手紙の一の1章18節で次のように語っています。 「十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です」(第1コリント書1:18)
この言葉です。イエス・キリストが私たちの罪のために十字架にかかって死なれたこと。三日目に復活されたこと。それは愚かなことのように思えますが、しかし、信じる者にとっては神様の力である。そのようにパウロは語っているのです。十字架も復活も、普通に科学を信じるように考えるならば、信じるに値しない愚かなことのように思えます。それは今、主の十字架と復活を信じるように変えられた私たちも、実はキリスト信仰の証言者となる前は、そうではなかったではなかったと言えませんか?
しかし、神様の救いの御計画、つまり私たちを罪から救う御計画はイエス様が十字架にかかって、私たちの罪の身代わりのために死なれ、三日目に復活されるという、このような形で行われた事を聖書は示しています。
さて、今日これまでお話しましたように、私たちは人間の力、考え、思いというものが、この世界に於ける全ての事と考えてしまいます。しかし、そんな私たちの思いに対する聖書の証言は、その全てを超えて働かれる神の力があることを教えます。私たちの力、考え、思い、といったものを遥かに超えた神様がおられ、その神を認め、信じ、受け入れて行く時に、神がなされた救いの御業、十字架と復活を信じ、受け入れて行くことができるように、私たちは変えられるのです。どうぞ、神を信じる信仰へと、そして十字架と復活を信じる信仰へと導かれる人々が、これからの世界に於いても、更に生まれて来ることを祈りつつ、主の救いのみ言葉を宣べ伝えて行く事を心から願うものです。お祈りいたします。アーメン