下記に2025年12月の第3週から2026年第2週の冨里教会礼拝説教の録音と説教原稿を載せました。
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(2026年1月11日説教)
(2026年1月4日説教)
(12月28日説教)
(12月21日説教)
ルカ福音書 第5章1~11節 2026.1.11
説教題: 「お言葉ですから」
本日の聖書、ルカによる福音書のお話は、イエス様の奇跡物語の中でも大変良く知られております箇所で、ペトロが主イエス・キリストの弟子として召命を受けた時のお話です。ゲネサレト湖(現在はガリラヤ湖のこと)の漁師だったシモン・ペトロは仲間と共に一晩中漁をしましたが、1匹の魚も獲ることができませんでした。そんなペトロに対して、群衆への話を終えた主イエスが、再び漁をしてみるように勧めます。プロの漁師であるペトロは、色々な思いを持ちながら主の言葉を疑っていたように思われます。5章5節です。
「先生、わたしたちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう。」(ルカ5:5)
と、しぶしぶ主の言葉に従いました。前の4章から書かれている記述によれば、主イエスによる病人の癒しや、多くの奇跡的な行為を目の当たりにしたペトロでした。しかし、ここでは素直に主の言葉を受け入れる事に抵抗があったように見受けられるようなニュアンスを聖書は伝えています。そんなペトロの予想を裏切るように、「おびただしい魚がかかり、網が破れそうになった。」と続く6節には記されています。さて、このような驚くべき大漁を経験することによってペトロは一体どのように変えられたのでしょうか。続く8節には、
主イエスの足もとにひれ伏して、「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者なのです。」
というペトロの言葉があります。奇跡的な出来事を引き起こす力のある主イエスの前には、立っていることの許されないような汚れた罪人であるということを、彼が深く自覚して告白したことがここに示されているのです。考えてみればペトロという人は、この時まで人並みに生活をしてきて、熱心に漁をして家族や母の面倒を見ながら生活してきたのでしょう。もしかしたら、彼は少し早とちりの性格だったかも知れません。或いは、「自分にはいいところもあるが、悪いところ、欠けたところが確かにある」というような意味で、自分が罪深い者であるとペトロは告白したのでしょうか。また更には、主の言葉を疑ったことを嘆いて、「もっと素直に従えばよかったのに、自分は何と疑り深い人間だ」と、そんな意味で自分を罪深いと言ったのでしょうか。さて、どんな気持ちを持ってペトロが自分を罪深い者ですと言ったと、皆さんはお考えですか?
ペトロの考えていたことを、もう少し深く考察してみますとペトロは、この程度の意味で、主の前に立っていられないほどに自らの罪深さを感じたのではないことが分かって参ります。恐らくは、ペトロの自覚はもっともっと深いところにあったのではないでしょうか。
ある注解書は、ペトロがここでひれ伏してしまったのは、<彼が光を見たからだ>、或いは<光に目がくらまされてしまったからだ>と解釈しています。そして、更に次のようにも言説明します。
「先ずイエス・キリストがおられる。この方は、人間が罪人であるかどうかを問題にしているのではない。イエス・キリストは、大きな満ち満ちた祝福を与えてくださる。恵を与えてくださる。そして最後に罪がくる。人間はここで罪人となる」。
この注解書の場合は、「主イエス・キリスト→恵み→ペトロが罪を自覚する」という順序に注目しているようです。
人間は主イエス・キリストの光の只中でその光に照らされて、
「自分はこの恵みに値しない人間である。何と惨めな者なのだろうか。この光の中で、私は死ぬ以外にない。」
と悟り、
「主よ、この私から離れてください。」
と言わざるを得ないのだと解釈しております。
私たちは、神を知る以前には、また、主イエスと出会う以前には、自分の良心というものに依り、自らの罪を知らされていました。
「こんな悪いことをしてしまった。こんなひどいことを言ってしまった」。
勿論そんな罪の自覚ということは大切なものです。罪の自覚によって悩み、教会に来たと云われる方もおられます。しかし、聖書が語っている罪、私たちが教会において神の前に知らされる罪、そしてペトロがここで自覚させられた罪というのは、圧倒的なキリストの光に打ちのめされて、もう立っていられないほどの罪であります。この方のそばになんていられない、「主よ、私から離れてください。」と言わざるを得ないような罪なのです。
そんな指摘に対してある方は他の表現に使って、
「いや、そうではない。私は自分の罪を自覚したことよりも、主イエスの愛と赦しの自覚によって、教会に召し出された。」
と言われるかも知れません。確かにキリスト教は愛と赦しの宗教であると言われていて、その認識に間違いはないと考えます。しかし、愛と赦しの神であるのと同時に、イエス・キリストの神は裁きの神でもあることを私たちは認めなければならないのです。神の前に裁かれ、滅ぶべき私たちが、今もこうして生きてこの世に在るのは、イエス・キリストの十字架の贖いの故であって、私たちの罪の告白があったから、と言うべきでしょう。私たちキリスト者は全ての人が洗礼を受けます。その時、信仰告白を致します。それは、自分たちが犯した罪を神の前に告白し、赦しを請うものです。この行いを通して神の赦しを頂いた者が、キリストの僕としてブドウの一枝として教会に連なることが出来る。これが洗礼という行いが持っている意味です。
本日の聖書の教えによれば、主イエスはペトロに、
「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる。」(ルカ5:10)
と言われました。その時ペトロは主に「わたしから離れてください。」と言いましたが、主は「恐れることはない。」と言われます。ここにある「恐れることはない」という言葉は、罪の赦しの宣言であると言う事ができます。主はペトロの罪を赦し、そして人間をとる漁師として、新しい使命を与え、新しい人生へと出発させられました。これがペトロの信仰告白でありキリストへの召命なのです。
私のような教会の教師、つまり伝道者たちは、その道の第一歩を踏み出すに当たり、「神の召命」ということが要求されます。神学校への入学、あるいは教師任職などのそれぞれの区切りの行事に於いて、「召命感」ということを自覚させられるのです。今日の物語で示されている、ペトロが主イエスから頂いた召命は、このような罪の告白と赦しを伴うものです。ぺトロの罪の告白を真実に受け止めた主が、その罪を赦して、召命を与えたのです。
ここで先の5章10節に書かれた、<<人間をとる漁師になる>>というギリシア語の本文を直訳してみると、「人間を生け捕りにするだろう」という文章になってしまい、ここには「漁師」という単語は含まれていません。聖書箇所にある<<とる>>という言葉は、原語で「ゾーグローン(ςѠγρѠѴ)」という言葉の未来形で示されていて、「生けどりにする」とか「生かす」という意味を持っています。その為に主イエスは、ペトロに対して、「あなたは、人間を本当の意味で生かすために、まことの命へと生かすために、私のもとに連れて来る者となるのだ」と言われたと解釈できるかと思います。
イエスこそが真の命、永遠の命を与えて下さる主です。これまでは罪の支配、悪魔の支配の中で生きていた人間を、主イエスの恵みの支配へと移すために、主のもとへ連れて来る者となります。
主はペトロに、
「がんばって、そのようになさい」
と言われたのではありません。
「あなたは人間をとる漁師になる。私があなたを、そのようにする。」
と言われたのです。
しかし、ここでもう一つ気になるのは、なぜ主はペトロを用いられるのかということではないでしょうか。つまり、どうしてペテロだったのか? という疑問です。
ペトロは、この後何度も失敗を犯します。主が十字架に架けられた時には主を裏切り、主イエスとの関わりを否定してしまいます。誤解を恐れずに言うなら、こんなペトロを用いた理由というのは、主には出来ないことが、ペトロには出来る、という理由ではないでしょうか。分かりやすく説明すれば、ペトロのように自らの罪を深く自覚させられた人間こそが、その罪の赦しの恵みを,人々に伝えることが出来るのだ、と言えるのではないでしょうか。
ペトロが人間をとる漁師、人間を本当に生かす者として立てられたのは、自分自身がまず罪に死んでいた者から、主によって真に命に生かされた者へと変えられる経験をしたからであります。このような自分の経験を語ることは、赦された罪人である、人間にしかできないと言えるのではないでしょうか。私自身が赦され得ない罪を赦され、この講壇に立たせていただいている身であることを思う時、人をとる漁師として主に召し出されたペトロのように、日々変えられて行かねばならないことを痛感させられるものです。
何度も過ちを犯しながらも、ペトロは復活の主と出会い、「お言葉ですから」と主に従ったことにより罪を赦されて、人間をとる漁師として遣わされました。「主を裏切り、背いてしまった私のために、主は十字架に架かって死んでくださり、再び赦してくださって、遣わしてくださった」。これがペトロの生涯の喜びであり、福音を宣べ伝えるための原動力でした。私たちキリスト者は、ペトロのように神の前に罪を知らされ、その罪の赦しを経験した者です。そのような私たちに対して主は、「私はあなたを、人間をとる漁師にする」と言われました。ここ富里教会に集われた兄弟姉妹の皆様。ここに集う私たちの全てが「人間を取る漁師」であることに思いを馳せ、新しい2026年を通して、共に力強くキリストの福音を宣べ伝えて参りたいと思います。 アーメン
2026年が明けた本日は、まずは使徒言行録からみ言葉を頂きたく思います。以前にもお伝えしておりますが、今日の使徒言行録の著者は、ルカ福音書と同じ医者のルカだと考えられてきました。ルカ福音書と使徒言行録とは一貫した思想で書かれておりまして、神による救済史(歴史)であるというのが共通の思想です。生前のイエス様が行った事を伝える目的を持つ書物が福音書であるならば、言行録は主イエス復活後の使徒たちによる救済の歴史を伝えるものだと言えます。
使徒言行録というタイトルについて言及すると、正しく訳するなら「使徒たちの諸行録」(プラクセイス・アポストローン)と表現できます。プラクセイスは英語ではpractice(行動、行い)であって、言行録という言葉が持っている意味・言葉というような意味は持ちません。また内容的にも、使徒たちの行動というよりは、福音が伝えられて行く様子と定義する方が適切ではないのかと思われます。
そのような書物の教えるところに拠って、今日の10章34節から記されている内容というのは、先行する1節から続いた話ですので、そちらを読んでからでないと分かりにくいかと思われます。という事で、まず1節から33節までの内容を簡単に話しておきたいと思います。
10章1節では「カイサリアにコルネリウスという人がいた。」という書き出しから始まっています。ここに挙げられている「カイサリア」という町は、地中海沿岸の港町でして、イスラエルの北方100kmにあるカルメル山の南30kmの場所にあった町だったようです。この町はフェニキアという地方の要塞都市で、その名前はアウグストゥス・カイザルにちなんで、ヘロデ大王によって付けられた名称であるようです。ローマ総督府が置かれていた古代では第一の都市だったようで、現在はケイサーリエという名に変わっていますが、当時あったフィリポ・カイサリアという町と区別するために、パレスティナ・カイサリアと一般的に呼ばれていたようです。
そのような町にコルネリウスというローマの百人隊長がいました。彼は、イタリア隊と呼ばれるローマ市民によって構成された補助部隊の隊長だったようです。こういった記述は、世々の聖書学者によって詳しく真偽のほどが調べられていまして、このイタリア隊の名称は、1世紀頃にシリアに駐留していたという記録が、歴史資料に残されていると言われます。
さて、そのコルネリウスはユダヤ教へ改宗した人物ではなく、異邦人のユダヤ教を実践した人、つまり施しや祈りを熱心に行ったユダヤ人から評判が良かった人だったと考えられています。そんなコルネリウスのところに、ある日、神の天使が来て、ヤッファにいるペトロに人を送って、彼を招きなさいと告げられます。信仰篤いコルネリウスはすぐに側近の部下をペトロの元に送ります。
一方、宣教の旅を続けていたペトロがヤッファの町に近づいた頃、昼の祈りを捧げようとしていたところに、天が開けて大きな布のような入れ物が下りてきました。その中にはあらゆる動物が入っており、ペテロはそれを屠って食べなさいという、天の声を聞きます。三度同じ事が繰り返された後に入れ物が天に引き上げられます。ペトロが、今起きた出来事は一体何だったのかと思案に暮れているところにコルネリウスからの使いが到着し、使いはペトロに使わされた理由を説明します。その話を受け止めたペトロは、翌日カイサリアに向けて出発して、コルネリウスと対面することになります。そこでコルネリウスは、自分に起こった出来事を詳細にペトロに話をします。ここまでが、今日の聖書の直前、1節から33節までに書かれている内容です。
さて、今日の箇所に進みますと、コルネリウスの話を聞いたペトロが言います。
「神は人を分け隔てなさらないことが分かりました。」(10:34)
これは一体どんな事を意味するんでしょうか。それは、先ほどお読みした箇所で、ペトロ自身について起こったことを考えてみると理解することができるでしょう。つまり、ペトロに起こった事というのは、通常ユダヤ人が口にすることのない動物が突然目の前に下りてきて、それを屠って食べなさいという天の声が聞こえたことでした。それを拒否したペトロに語られたことが、「神が清めた物を清くないなどと言ってはならない。」という声でした。この言葉が意味することは、それまでペトロに示されていた「ユダヤ人の掟」が破られたということなのです。ペトロはこの出来事を通して、復活の主を信じる者は、たとえ異邦人であっても神の国に入れられることを確信することが出来たのです。
本日の44節から示されているのは、ペトロが自身の体験に基づいて復活の主について語っていると御言葉を聞く一同のうえに聖霊が下されたという話です。こうして聖霊の賜物が異邦人たちの上に注がれた時に彼らは異言を語り始め、神を讃美したという話が46節以下に書かれています。
これらの出来事というのは、皆さん良くご承知のペンテコステの日に、使徒たちに聖霊が満たされて、一同が霊の語るままに色々な国の言葉で話し始めた事と同じ出来事が起きたことを表しています。ペンテコステの出来事とは、神の教会が開始されたことを象徴する出来事ですが、それと同じように、異邦人への伝道が開始されたことを象徴的示しているのが、今日の聖書で語られている異邦人に聖霊が下された出来事だという事ができるのです。
イスラエルの民たちは、私たちが想像する以上に異邦の民との交わりを拒んでおりました。異邦人にふれると自分たちがけがされてしまうと考え、彼らを忌み嫌っていたのです。主イエスはそのようなユダヤの人々に、異邦人であっても神の救いに預かれることを説いたのです。
従来、日本のキリスト教は、つきあいの悪い人間がクリスチャンであるというような言葉で、自分たちを社会から分離してきました。現代でも、それが偶像崇拝の考えだから土地の祭りにも参加しないとか、宴会などのこの世の交わりにも参加しない。そんな在り方をキリスト者として望ましい生活であるとして来たのではないでしょうか。そのような思いと違って、教会生活、信仰生活とは、教会の中だけで守られて行くものではありません。自分たちが散らされていった実社会の中で、信仰の証がされることが大切なことであります。ところが、実生活を優先していくと、今度は社会生活の中で信仰が崩されていくという現象が起こってきます。そのためには、一歩社会から退いて、神との交わりを常に持とうとする努力が大切なことと思ってしまいます。
これと同様に、昔ユダヤ人たちも自分を守るために社会の煩いごとから退いて神との交わりを持っていました。それを決して誤りと断定することは出来ませんが、彼らが犯した過ちの本当の原因は、神との礼拝が自分だけのものとなってしまったことにあります。彼らと違って異邦人とも交わることの大切さを、今日の聖書は私たちに示して下さっているのです。ユダヤ人が求めた救い。メシアの到来。それは今の困難な状況から、自分たちを救ってくれる王、すなわち<<油注がれた者>>が来ること、救世主の到来を待ち望みました。彼らは、たとえこの世の救いが与えられなくても、次の世で自分たちの行為が報われることを確信しました。つまり来世への期待です。だからユダヤ教徒は神の子イエス・キリストを否定したのです。
イエス・キリストは、私たちも良く知っている「ぶどう園の労働者の譬え」とか「放蕩息子の譬え」などを通して、今の世において神の救いが、全ての人々に等しく及ぶことを語りました。パウロはキリストの神の救いが、律法によらず信仰によるものであることを伝えました。十字架の救いは神の恵みです。神の愛によるものです。そしてそれは、全ての罪ある人に与えられる赦しであり、希望なのです。
本日与えられた御言葉によって、どうしてキリスト教は異邦人伝道したのかを、私たちは知らされました。これまでの話に登場した100人隊長のコルネリウスは、イスラエルの民からすれば異邦人でしたが、熱心な信仰者であった彼の祈りと施しが神に届いたから、ペトロがコルネリウスを訪れたのでした。しかし、コルネリウスだけが神の言葉を頂いたならば、ペトロはコルネリウスの元に来ることはしなかったでしょう。ペトロがコルネリウスの家で主イエスのみ業を語ったとき、二人の間のわだかまりが溶けたのであります。
私が信徒の立場で大切にした交わりは、ギデオン協会という、聖書を無償配布する人のグループでした。彼らが最も大切にしていた教えが世界平和であり、異邦人との交わりでした。そんな彼らとの繋がりがあったからこそ、今日まで私はキリスト信仰を持ち続けることが出来たと考えています。
私たちもユダヤ人の目から見れば異邦の民です。そして、私たちのような異邦の民を拒んではならないことを、今日の聖書は教えているのです。日本はキリスト者の目から見れば異教の地です。殆どの日本人が仏教や神道など、日本という国家が取り込んで来たキリスト教の教えと異なる考えを、家族や周囲の人間たちから叩き込まれて育ったことだろうと思います。私のようにキリスト教と無縁の環境に生まれ育ち、高齢になってキリストの教えを信じるには、越えなければならない大きな障害が存在します。私が神の救いを求めた切っ掛けは、生きることに躓き、将来に絶望したことでしたが、そんな人間がキリストの教えを信じ切るための大きな壁は、異教の宗教で体に染みついた考えから抜け出すことであったように思えます。教師となった今でも、体に染みついた思いは、心の奥底に残っているのかも知れません。先の戦争で身も心も傷ついた日本人が、それまでと異なる異教の神を信じることを決断したのは、彼らが苦しみからの救いを求めたことに他なりません。戦後のキリスト教ブーム、或いは新興宗教ブームなどが、正にそのことを証明しているようです。それは私が生き続けるために神の救いを求めたのと同じ状況が起きたからである。信仰とは、神の救いを頂くための決断である。私はずっと、そんなことを自分自身に言い聞かせ、信仰を守って来たように思っております。
福音が私たちのような異邦の地に住む人々に及ぶまでには、多くの障害を乗り越えねばなりませんでした。神さまご自身が、その障害を乗り越えられたのであります。ペトロは神の御跡を追って、その障害を乗り越えました。私たち異邦の民も、多くの障害を乗り越えなければ、真のキリストの信仰に預かることは出来ません。神の御跡を追う。その事によってのみ、私たちが障害を乗り越えることが出来ることを確信したい。そのように思うのであります。
一言、お祈りを捧げましょう。 アーメン
説教題: 「新しい生活」
本日の聖書箇所はローマの信徒への手紙12章です。これは今年の年間聖句に定めた聖句が書いてある箇所です。ここに示された言葉は、2025年を通して目標に定めたメッセージですので、今年の最終礼拝で一年振り返りつつ新年を迎えるのには相応しい内容であると思い、新年を意識してこれに「新しい生活」というタイトルを付けました。
ローマ書の著者であるパウロは、今日の箇所の直前の11章までに書かれている神による救済の歴史を語っていますが、そこから筆を移してキリスト者に対する生活訓と言えるような内容を語っております。つまりキリスト者に対する勧めと言えるような言葉です。
12章1節には次のように書かれています。
「こういうわけで、兄弟たち、神の憐れみによってあなたがたに勧めます。自分の体を神に喜ばれる聖なる生ける生贄として献げなさい。これこそ、あなたがたのなすべき礼拝です。」(ローマ書12:1)
このように書かれていますが、ここで示されているのは神に対する感謝の行為が礼拝であって、礼拝というのは自分の体、つまり生活そのものを供え物として神に捧げる、という事を意味します。
私たちは時として、神の招きとしての毎週の礼拝に、今日はちょっと気が向かないから休もうか。あるいは、このところずっと出席しているから今日くらいは休んでも構わないだろう、などと考えたりすることがあります。しかし、礼拝は主日に教会に集まることだけが目的なのではなく、毎日の生活を神に献げる目的を持っています。旧約聖書に見られる儀式的なユダヤ教や異教では、自分が持っているものの一部を神に捧げました。具体的には犠牲の動物を屠って備えたのですが、神様が私たちを救うためにキリストを遣わされたように、霊的な神に相応しい供え物として、今は、人間自身の自己犠牲、即ち霊そのものを献げなさい、という言葉をパウロは、この箇所で語るのであります。
続く12章2節。
「あなたがたはこの世に倣ってはなりません。むしろ、心を新たにして自分を変えていただき、何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい。」(ローマ書12:2)
ここで語っているのは、今の時代のあり方に同調するのでなく、神の御霊によって自分が変えられる必要があるという事です。分かり易く言えば、自分が変えられることにより、神の御心が何であるのかが分かります。神の御心とは、何が良い事であるかを知り、何が神に喜ばれる事なのかを知る事によって、何が神の前に完全であるのかを知らせることです。教会という場所において求められるべきは、自分の正しさというようなものではなく、神の正しさです。だから、まず何を神が望んでおられるのかを求めなさい。このようにパウロは語っております。
続く3節からは、新たな方向から見たパウロの勧告(勧め)が始まります。この勧告は、第1コリント書の12章を通して語られている言葉とほぼ同じ内容を持っています。両者で異なっているのは、コリント書が1つの地方教会に於ける霊的賜物の受け方(救済理解)に関する具体的で詳細な議論をしているのに対して、今日のローマ書の方は、教会に見られる共通(普遍的)な問題を述べているという点が異なります。ここでは、言うならば、最も初期の教会に於ける教会規則というものを見る事が出来ると言えるのかも知れません。しかし、パウロがここで、これから後の教会組織や規約について語ろうとしていると考えるのは適当ではないように思えます。あくまでもここでパウロが語っているのは、人が自己評価を慎重にすること、そして慎みを持つことへの勧告です。私たちキリスト者の生き方というのは、神がそれぞれに分け与えられた信仰の計りに応じて、節度を持って生きることに他なりません。神は全てのキリスト者に、質量ともに多種多様な霊の賜物を分け与えておられます。我々はそれを積極的に活用しながら、他のキリスト者の徳を立てるために努力しなければならないのであると、パウロはここで語っているのであります。
さて、その為に私たちはどのような努力をするべきなんでしょうか? 4節から続けてパウロは次のように語っています。
「重要なことは、キリストの体である教会に対する正しい認識であり、自分たちの命がキリストにあることの自覚である。私たちは大勢いても、キリストにあって1つの体であり、一人一人が器官なのである。」
このようにパウロは、生きている体の関係と原理を、生きている教会に適用するのです。私たちは決して人間の思い(肉なる思い)によって1つに纏まることは出来ません。そこにキリストが介在してくださらなければ1つになることは出来ないのです。普段のキリスト者同士のお付き合いにおいても、この原則を曲げることはできません。人間同士が、肉なる思いによってまとまろうとする時、そこには必ず摩擦が生じてきます。どんなに頑張って捨てようとしても捨てきれない人間の罪が、まとまろうとする人間を邪魔するのです。サタンの力が働くといっても宜しいでしょう。そこにキリストが介在して下さるときに初めて、人同士の肉の思いが断ち切られ、霊の力により人が1つになるのです。
続く6節からは、ここまで語った言葉の結論として、1つの体である私たちには、それぞれに相応しい神からの賜物が与えられていると言っています。その第1の賜物が預言する賜物、すなわち聖霊によって神の言葉を語ることであると言います。その第2の賜物が奉仕です。キリスト者が度々使用する奉仕と訳されるこの言葉は、ギリシア語で「ディアコニア」と言います。一般的にはキリスト者の奉仕の行為一般や、貧しい人々への経済援助を意味する言葉ですが、ここでは神の民の共同体である教会の管理運営と、貧しい聖徒に対する配慮のことを指しています。第3の賜物による奉仕は教えることです。キリストの福音と、その福音に基づく生活の仕方を他のキリスト者に教える事を指します。第4の賜物は、勧める事であり、第5の賜物は、分け与えることです。第6の賜物は、指導すること。第7の賜物は、慈善を行うことです。
このような賜物こそが神から与えられるものであり、それを自分たちの一つの体なる教会を形作るために活かしていくことを、パウロは本日の聖書箇所で私たちに勧めるのであります。
これまで2025年の年度初めから語ってきましたように、私たちはキリストにあって、一つの体を形成するように、キリストの体なる教会にあっては、教会を構成している一つの部分です。その各部分は教会に連なるに至った歴史、生まれ、生い立ち、動機などなど、すべての事柄が一人一人異なるものであります。そんな私たちが、互いを理解しようとするとき、多くの面で困難さを覚えます。互いの違いによる困難を乗り越えるためには、主が私たちに何をお命じになっているのかを知ることが重要です。神の御旨を知らねばなりません。そのことの為に、私たちは日々聖書を読み、祈りを捧げております。祈りの中に、神の御旨を聞くことが、最も大切なことであり、欠くべからざるものであると言う事が出来るでしょう。
世界史に於けるキリスト教は、社会で低くされた人々の救済の為に力を尽くしてきました。現在の日本で、福祉と名前の付く分野の中で、キリスト教とまったく無関係なものはないと、私は断言することが出来ます。かつて、暮れになると社会現象のようにあちこちに見られた、キリスト教の一教派である救世軍による社会鍋も、その最たるものと言えるでしょう。一人一人の力は小さくても、その小さな力が積み重なって、石をも穿つ雨のような、社会をも動かす力にもなるのであります。自分の持っているものの一部を他者に分け与え、キリストにあって世界が一つになることを切望するものであります。
2026年に向けて、新たな日々のカウントダウンが開始されました。日本も世界も、社会情勢はいまだ混沌としております。本年最後の礼拝日を迎えた今日も、日本には、いや世界中でも、寒さの中に震えながら生活しなければならない多くの人がおられることを思います。そのような、社会の根っこにいる人の為に協力し合い、信仰を守りあうことができる年になることを願っております。
理想社会の実現を目指した、「新しい生活」への一歩を歩み出すことができる年になることを心から願うものです。どうぞ、皆さん、全ての生きる人々が一年を豊かに生きるために祈りましょう。お互いに魂の平安と体の健康を支えあって、聖書の御言葉に神の御旨を聞いて行かれることを願っております。
それでは一言お祈りを捧げましょう。
アーメン
説教題:「まぶねのキリスト」 クリスマス礼拝 2025.12.21
皆さま、改めましてクリスマスおめでとうございます。永らく待ちかねたクリスマス礼拝の日が、今年も巡って参りました。クリスマスの特別プログラムとして長々とお読みした聖書箇所は、主イエスの受胎からご誕生に至る物語です。クリスマス礼拝では、毎年のようにどこかの教会で読み続けられてきたお話です。主イエスがお生まれになった時代を、大変良く反映した物語であると言えるのではないかと思います。
2章1節に記された皇帝アウグストゥスは、別名オクタビアヌスと言い、一世紀に渡ったローマの内乱を平定し、初代皇帝の座についた人物として知られています。福音書の著者であるルカは、こんな人物が全世界の人口調査の勅令を出したことを伝えます。当時は、地中海周辺を全世界であると考えており、アウグストゥスこそが初めて全地中海を支配したことが知らされます。
神さまは、このような背景のところにキリストをお送り下さいました。この時代は、イスラエルの民にとって、異教徒の王に服従することを迫られ、苦しい生活を強いられた苦難の時であったと言えます。皇帝アウグストゥスの勅令に促されて、マリヤはベツレヘムで主イエスを産むことになります。2章6節で引用された言葉は、ミカ書の5章で預言された言葉であり、救世主が来られることの成就であります。少しミカ書を読んでみたいと思います。(旧約聖書1454ページ、ミカ書5:1~3)
ここに見られるように、旧約の預言者ミカは、イスラエルが外国に圧迫される苦難の時代に、ベツレヘムに王なるメシアが生まれる事を願い、またメシアがイスラエルを救って下さる事を切望しました。そして、正にミカの切望した通りに、キリストはベツレヘムに生まれたのです。このキリストの誕生をルカは伝えていますが、それはミカの預言からは大きくはみだすものでありました。どこがどのように、はみだしているのかと言えば、ミカ書に預言された救世主(メシア)は、「自分たちを踏みにじろうとする敵に立ち向かい、地の果てまでに力を及ぼす大いなる者」というイメージを持つからであります。ところが、ルカの語るメシアの誕生は、人が憩う場所とは到底言えない「馬小屋」で生まれた、しかもひっそりと生まれました。御子はまぶねの中(飼い葉おけ)に寝かされていた、とされるのであります。さらに、メシアの誕生を知らされたのは、野宿をしながら羊の番をしていた羊飼いたちであります。羊飼いの仕事は、羊を養い、守り、導くということで、イスラエルの人々のみならずギリシアの古典文学でも、哲学者とか政治家を「牧者」として理想的に描かれてはいます。しかし、現実の羊飼いたちは貧しく、きつい仕事であり、身分が低い卑しいものとして差別されていたようであります。聖書はそのような羊飼いに象徴される人を、社会の底辺に生きている人を物語の登場人物として語ります。人々が待望した救い主キリストは、このような社会に生きる人たちの中で、またローマによる暴力と不正に満ちた支配の中でお生まれになったのです。
何故ルカは、人々が待ち望んだ救世主の誕生物語を、このような暗く悲惨な背景の中に描いたのでしょうか? それは、キリストのご誕生を語り伝えた人々が、社会の根に生きた人たちだからです。そんな人たちが悲しむ人を慰め、悩める人に寄り添い、病に苦しむ人に癒しを与え、問題を抱える人に希望を与えるために、この物語を語り伝えようとしたことに他なりません。
聖書研究者の中には、ルカ福音書の特徴を、「貧しい者への福音」であるという人がいます。確かに四つの福音書の中では、特にルカが、イエス・キリストが弱く貧しい者への希望として地上に生まれ、生きた事を証言していると言えるでしょう。そして、この特徴の表れが、本日与えられたキリストの誕生物語である。このように言うことが出来るでしょう。
さて、このようにルカ福音書が伝えようとしたキリストの誕生の思い。それをしっかりと受けとめた信仰の先達たちが残した記録の中に、韓国に伝わる物語ですが、「エミレの鐘」と呼ばれる民話がございます。この話は私の神学校時代の恩師である山口雅弘先生が私の神学校卒業の年(2010年)に発行された、「イエスの道につながって」という著作の中で紹介しているものです。元々、この話をお話が語られた方は、「韓国の民衆の神学」を専門に研究された徐南同(ソ・ナムドン)という先生ですが、「在日アジア人センター」設立の講演会で語られた話ということなので、孫引きということになってしまいますが、私の記憶に残るお話ですで、改めてこの書を読み直しながら、ご紹介させて頂きたく存じます。次のような粗筋のお話です。
(「エミレの鐘の民話」)
その昔、朝鮮に三国時代が終わり高句麗、百済が滅びました。その後、新羅が統一し、高句麗を継ぐ渤海という国との二大勢力が栄えた頃の話です。新羅の王が死んで幼い息子が後を継ぐことになりました。亡くなった王の業績を称えようと、大きな鐘を作ることになりました。この時に作られた鐘は、今でも「聖徳大王神鐘」(せいとくだいおうしんしょう)(韓国語:ソンドク・テワン・シンジョン)と呼ばれて、歴史的記念物として残された8つの鐘の1つとして保存されているそうです。
この鐘を作ることは当時の大事業であったと言う。全国から真鍮と銅が集められた。これを溶かして鐘を作ったが、試し打ちをしてみると良い音が出ない。何度も同じ事を繰り前しても同じであった。世の知恵者と言われる人たちが集まって相談した。その中のある人が、
「これは神聖な事業だから、人を犠牲に捧げなければならないのではないか?」
と、提言した。すると、これを聞いた僧侶が次のように語った。
「昨年の秋に、真鍮と銅を集めるために色々な所を回った時、ある小さな村に行った。そこの小さな掘っ立て小屋があった。あまりに貧しそうなので中に入るのを躊躇したが、全ての者が極楽浄土に行かねばならないと思い、小屋の中に入った。中にいたのは、2歳くらいの女の子と母親だけだった。この家には、他には何もなく、母親は、『この子だけが、この家の宝です』 と語っていた。今思うのは、その子どもを犠牲に捧げたら良いのではないか?」
この提案が、その場に居た人々の賛同を得た。そして、山奥の村から女の子が無理やり連れてこられて、盛大な儀式が執り行われた。その後に、女の子は犠牲として炎の中に放り込まれ、新しい鐘が鋳造し直された。こうして作られた鐘を敲くと、今度は誠に美しい音が響き渡った。この鐘の表面には、王と鐘を褒めたたえる詩が書き記され、あらゆる賛美の言葉が捧げられて「「聖徳大王神鐘」(せいとくだいおうしんしょう)」と名付けられた。
これが公に伝えられた鐘の歴史です。ところがこれに対して民衆の間には、この鐘にまつわる別の言い伝えが語られているそうです。次のような話です。
鐘の音は確かに美しく鳴り響いた。しかし、その鐘のゴーンという響きの終わりに近くなると、「エミレー」という余韻が鳴り響く。その音の意味とは、幼子が火の中に投げ込まれたとき、「エミレー、おかあちゃん」と叫んだ、その母親を呼ぶ声だという。ゴーンという鐘の音の後に、「エミレー」という余韻が必ず聞こえる。このような話が伝わり、その鐘はいつしか、「エミレの鐘」と呼ばれるようになった。権力者にどんな悲しみや苦しみを強いられても、決してあきらめてはいけない。魂は売り渡さないという抵抗の思いを確かめる、民衆の間の伝説として残された。
さて、 皆さんは、公に残る鐘の歴史と、民間伝承の話と、どちらが当時の人々、小さくされていた民衆の思いを伝える話として、心を揺り動かされるでしょうか。民衆は、鐘の音の中に、人々の苦しみ悲しみ、愛する人を失った者の叫びを聞き取って来ました。この思いは、貧しく、暗い世に、ひっそりと馬小屋に生まれた神の御子の誕生物語と、どこかで通じるものがあるのではないでしょうか。代々の人々は、このような伝承を語り継ぐなかで、この出来事と自分とを重ね合わせ、苦しい現実の中でも、希望を見出すことができることを願って、必死に生きてきたのではないのでしょうか。
私は、先週の火曜日に77回目の誕生日(喜寿祝い)を迎えました。改めて振り返れば、短かったとも思える人生の中で、何度も職を変えながら、自分なりに人生の勝利者としての道を歩むことを願い、生きて来ました。ある時には、日の当たる道を歩むことが出来て、ある時は日陰の裏街道を歩みました。自分が日の当たる道、つまり今流に言えば「勝ち組」に属するような生活が出来た時には、苦しい生活を強いられている人々に目を向ける事を忘れてしまいました。自分が日陰の道を歩む事を強いられた時、初めて、社会的に低くされた人への共感を取り戻すことが出来たように思います。罪にまみれた私には、常に自分のすぐ近くの、周りのことしか目を向ける事が出来なかったという事でしょう。そんな時、聖書が私の目を開いてくれたことは、社会的に低くされた者をいたわり、思いやる心でした。私たちの愛する主イエスは、この地上におけるすべての時を、その時代の社会の根に生きた人と共に歩みました。聖書は、そんな生き方を私たちに教えて下さるのです。
主イエスのお誕生を祝うこの日にも、日本には或いは世界には、苦しみ悩み、重荷を背負う人がいます。病に打ちのめされている人がいます。差別されている人がいます。希望の見えない人がいます。そんなお一人お一人の所に主イエスが先立って行かれるのならば、私たちもそこに行って、主と共に生きることを強いられています。
主がどんな時にも人を愛し抜いて来られたように、私たちも人生の幾分かでもその愛に答えた生き方が出来ることを願います。持てるものの幾分かを神と人に献げ、クリスマスの喜びを皆で分かち合って生きたい。これからの人生は、ずっとそのような道を歩んで行くことを、主のご降誕を迎えた今、この時に心から願いたく思います。一言お祈り致しましょう。
アーメン